どうもみなさん、今年一年いかがでしたでしょうか。
こちらの記事は、FOSS4G Advent Calendar 2016の流れにより書いております。

※こういうことでもないと、なかなかブログ更新しないのがハウモリ流。日々起きているいろいろな情報はハウモリFacebookページをごらんくださいね!

ざっくりいうと、GISとか地図とかの素人が、エモーショナルな感情だけで地図にはまった。そんな話。
なお、使い方とか、こうすればこういうのができるとか、そういう技術的な内容は一切ありません。ある種チャレンジャー。
シビックテック的ななにかをやっている地図の素人が、地図に出会って、こんな感じだったという一年のまとめ的な感想文です。

今年はなにができるだろ、いやできないな

2014年末より活動を始めた僕たちは、2015年は、それはもう精力的に(ウィキペディアタウン・Localwiki森町リージョンを立ち上げなど)イベントなどやりましたが、2016年、メンバーもだんだん、「やらなければならない大人の事情案件」も多くなり、イベント開催もままならない状態に。

だんだんとこうなっちゃうんだよね。

田舎でシビックテック的な「なにか」をやったと言うことで、一定の成果はあったよ?的な考えをし始めていたのも事実で、テンションの高かった当初の野心的な、Code for Sapporoさんや、Code for Kanazawaさんのように有名に!という考え方よりも、「細々と息の長い活動を」という考えにシフトしてきていました。

僕たちは、ウィキペディアタウンやLocalwikiの取り組みをしたおかげで、「街をITの力で少しづつ残しておきたい」という気持ちが高まっていましたので、「細々と息の長い活動」との親和性バッチリ。これぞずーっと取り組み続けられる活動。もっと言ってしまえば、

今の世の中のシビックテックブームが去ったとしても活動し続けられるもの

気張っていろいろやっても、「森町の規模でなぁ」とか考えたりもやもやしてたりしてましたが、やっぱこれだったんですよ。やりたかったのは。

もりまちというところ

僕たちが住んでいる、「森町」はどんどん人口減少が進んでいまして、後20年・30年先には、もしかしたら合併によりなくなっているかもしれません。
事実、10年前に合併した旧砂原町の情報は、みんな大好きWikipediaにも少ししか記述がありませんし、僕たち紙の本を読まない世代は、紙の本が残されていることすら知らず、どんどんと歴史が喪失されていっています。

「人間ある程度の歳になってくると少しづつ、自分のルーツとかそういうのに興味が出てくるもんだ」

と言われたことがあるんですが、これ、ほんとで、今の僕がそう。
でも、そういう時に調べられない、特に今の時代インターネットで調べられないのなんて、信じられないし、悲しいし、もったいないですよね。

いきなりきたよ、地図の人

と、まあ、こんな感じで細々と、Code for Hakodateさん(※今年もお世話になりました)におんぶにだっこでイベントにちょっと名前出してもらえればいいかな(コバンザメ戦法)とか、そんな感じでやってたんですが、運命の日、7月21日。とあるパイセンから連絡を受けたわけです。
※その時の様子は、別ブログ記事を参照のこと

そこで立ち上がったのが「キロク乃キオク」(以下キロキオ)
地図といえば、OSMをちまちまとマッピングしてたぐらいで、全くもって未開の技術。
飲んで、酔っ払って、勢いで作っちゃおうぜ!!となったものの、G○○gle Mapを埋め込んだことしか無いのに無謀なことを言ったもんだ。

話が持ち上がって、いろいろ諸パイセン方から色々と情報をいただいたわけです。
Cesiumがいいよとか、Leafletとか。
なんじゃそりゃ。G○○gleMapとかでサクッとやるもんじゃないのか。

どんどんくる地図の知識

いろいろ言われて頭がパンクしましたが、パンクして破裂した後は拾い直せば大丈夫。拾い直した結果、

  • せっかく森町のオープンストリートマップが充実しているので、OSMを使うべきだろう
  • オープンであることで、皆が使え、そして繋がりができるだろう
  • Cesiumもいい感じだったけど、難しそうだからLeafletだろう
  • Javascript書けないの?なんとかなるっしょ
  • GeoJSONて美味しいの?

となりました。

立ちはだかる意味不明な言葉、そしてJavascript、しかし世の中にはこーやれば動くのだよと先人たち、いや偉人たちが足跡を残してくれている。ビバ、インターネット。
まずは読み漁りました。

これらはめちゃくちゃ参考にし、そして参考になったサイトで、キロキオの礎的サイトですが、見た瞬間の感想は

うおおおおお、意味わかんね。

でしたね:-)

地図は敷居が高い?

生まれて初めて地図をいじるのは非常に難解でした。
地図自体を表示させるのは、コピペでなんとかなるものの、問題はそこから。
まず、言葉がわからない、公式サイトは当然英語。語学力の無さは毎回なにか新しいことをやろうとすると立ちはだかる。こんなにわくわくする世界が目の前に広がっているのに、そこにたどり着けない。
ごめんよ。ウチのわんこ(故犬)。いつも「待て」してばかりだった・・・。

今思ってみると、ああ、こう言うことを言ってるのだなとわかる気がしますが、さすがに数時間でやろうというのは無謀でした。
まあ、僕のようにJavascriptの知識もない人が、数時間でサービス立ち上げしたいなんていうシチュエーションはそうそう無いと思いますが、HTMLを覚えるクラスに「初心者のための〜」とかがあれば今まさに僕が見たい使いたい。
外部ファイルを読み込みする方法(特に複数ファイル)とかが日本語ドキュメントでまとまっていればよだれ出ますな。

これは、地図だけじゃなく、プログラムとかもそうかもですが、あまりにもインターネットが普及しているせいで、まずネットで調べてってことが自分の中でも多すぎて、専門書をすぐに買わなくなった弊害なのかしらと考えることがあります。(ま、でも、インターネットのおかげで調べることができているのも事実なので、ビバ、インターネット。)

だがしかし、やると決めたからには(中途半端でも)形にするのがハウモリ。気合いで乗り切りましたよ。

結果。地図と出会って幸せ

よくよくなにも考えずに行動してしまうのはたまに傷ですが、良いことだってあります。気合いを入れて形にできたおかげで、少しずつですが、古写真を提供してくれる人が出てきたり、アイデアを具現化できたことで、キロク乃キオクはFOSS4G 2016 TOKYOでのメインセッションでの紹介もさせていただいたり、2016の下半期は地図との出会いによってハウモリにとっても、地元森町にとっても大きく変わりました。

コミュニティの方々もこれまであったことも見たことも無かったノリ、変態的(最大級の褒め言葉)な感じで、とても刺激的。見聞が広がるというのはこう言うことなのだなと改めて実感。僕らももっと変態になりたい。

正直言うと、地図、GISにはまったく興味がありませんでした。OSMも使えればいいなぁくらいの考えでした。でも、考えてみると、

僕たちは地球の上に住んでいて
その場所を示しているのが「地図」なんですよね。

それは、先人が、僕らが、そしてこれからの世代も、「生きてきた跡」を「軌跡」を残せ、視覚化することができる、もっとも優れたツールだったんだなと思います。僕らが今やっている地域アーカイブのプラットフォーム、それこそが地図だったんだと今、思っています。

2016年

まずは、当初はなにもやらない予定だったものが、あれよあれよと、僕を地図の魅力にどっぷりと頭から沈めたパイセンたちを恨むとともに、こんな楽しい、あたらしい世界を見せてくれた先輩達に多大なる感謝を。

2017年は誰もが自由に、そして簡単に、街のアーカイブに触れられる仕組み作りをしていきたいと考えています。
それは、なにも新しいものを生み出さなくても、生み出せなくても、今ここにある技術を組み合わせ、見せ方を変える。現代はITによりそれができる。
それが、僕らが思う「シビックテック的な、なにか」の答えの一つだと思っています。

温故知新。そこから新たな街づくりが始まるかもしれません。

もう、頭のなか地図一色です。地図まっしぐら。地図の方々、どうぞあたたかくみまもってください。さ、OSM描こ。

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